死にたくなったときの話

死にたくなるときは誰にでもあると思うが、私は死にたくなったときに読むことにしている文章がある。


 死にたくなるほど苦しい夜には、これは次に楽しいことがある時までのフリなのだと信じるようにしている。のどが乾いてる時の方が、水は美味い。忙しい時の方が、休日が嬉しい。苦しい人生の方が、たとえ一瞬だとしても、誰よりも重みのある幸福を感受できると信じている。その瞬間が来るのは明日かもしれないし、死ぬ間際かもしれない。その瞬間を逃さないために生きようと思う。得体の知れない化物に殺されてたまるかと思う。反対に、街角で待ち伏せして、追って来た化物を「ばぁ」と驚かせてやるのだ。そして、化物の背後にまわり、こちょこちょと脇をくすぐってやるのだ。


又吉直樹『東京百景』より


又吉さんは『夜を乗り越える』という新書で、この『東京百景』というエッセイの文章を引用していて、私はこの文章が気に入って『東京百景』も読んだ。

『夜を乗り越える』では、又吉さんは本を読む意味について書いているが、私が本を読む意味はこれだ、と思った。

この文章を読めば、少なくとも私はいつでもその夜を乗り越えられる。